中咽頭がん 治療編3 051:死とは辿り着くもの。
2017年6月8日(木)(抗がん剤治療2/2回目・放射線治療32/39回目)
ここ数日、ドレッシングが少し、しみます。鏡で見ると、喉の左奥に直径5ミリくらいの白い『ただれ』のようなものが数個見えます。
あっさりと、U先生が 「ああ、粘膜炎ですね、しっかり、うがいをしてくださいね」 とのこと。それもそうです。
口腔粘膜炎、要するに口内炎は100%起こる、放射線治療の副作用と言われているからです。
U先生が、にこやかに曰く、「中も外もベロベロになっちゃう方もいますからねえ、トキさんは全然ね・・・」
トキは思いました。『マシな方ってことかな?』
※病院から渡された放射線治療の説明パンフレットに掲載してある写真。
しかし、U先生の言う通りです。実際に頸周りの皮膚が、『やけど状態』になり、襟や枕が擦れて痛いからと、ガーゼをマフラーのごとく巻いている人も沢山いますし、毎日、何度も使っている、うがい薬にも微量の麻酔薬が入っています。トキも口内炎と皮膚が炎症した時用の薬は治療開始当初から渡されていました。
トキの場合、甲状腺がんで手術したことにより、頸周りの前面に広く強い痺れはありますが、皮膚は日焼けのように、ほんのり赤くなり、その後、薄皮が剥ける程度の様子です。炎症というほどではなく、頸の後ろ側にも、痛みや痒みなどはありません。皮膚の炎症には個人差があると言われていましたが、トキは色白で皮膚は弱い方です、特に強い炎症がない理由はよくわかりません。
理由はどうであれ、口内炎は、もれなくできました。
放射線治療医師曰く、「左側だけに出ているのは、そこに当たっているからで、効果も期待できる」とのこと。
そして、毎度の言葉、「この調子で頸から下に行かないようにがんばりましょうね!」
さて、再開したリハビリには、同じ部屋の『ムタさん』と連れ立って来ています。『ムタさん』は83歳のおじいさんです。喉頭がんですが、進行度が低いこともあり、手術は回避。トキと同じく放射線治療を受けており、さらに今後、抗がん剤(飲み薬)の治療を行う予定です。
点滴以外に飲み薬の抗がん剤もあることに、トキは驚きました。看護師曰く「年齢や状態による」みたいですが、飲み薬の方が緩やかなイメージのようです。放射線治療を始めて10日程のムタさんには、まだ、これといった副作用はないようです。そんな83歳のムタさんは息子よりも歳が離れた45歳のトキのことを
同じ治療を先に始めていることから『先輩』と呼んでいます。
「先輩が、ずっと、カーテン閉めとったけん、心配しとったばい、抗がん剤は、きつかったね?」
ムタさんがトキに心配そうに言いました。
「2回目なので、だいぶマシでしたけど、それなりにダルかったです」
「そうね、だいぶマシやったね・・・」
ムタさんは毎朝、病院の庭でラジオ体操と散歩をしています。家でもずっと続けていた習慣だそうです。トキも調子の良い朝は、その散歩に同行しました。ムタさんとトキは庭のベンチに座り、色んな話をしました。
ムタさん曰く、
「嫁さんはね、もう、抗がん剤、抗がん剤、抗がん剤でね・・・」
そう、ムタさんは数年前に奥さんを、この病院で看取ったそうなんです。
トキは、病室で医師や看護師に不安をぶつけるムタさんの様子を何度も目にしていましたが、知識も身近な経験もなく、また、悩む間もなく、始めなければならなかったトキには、ムタさんの気持ちは理解できませんでした。そんなトキにムタさんは聞きます。
「(抗がん剤治療を)先輩は、どう思うね?」
トキも、吐き気やダルさ、しゃっくり諸々は落ち着きましたが、『味覚障害』という圧倒的な副作用があります。『味を楽しめない』というのは勿論、これにより、ご飯が食べられなくなり、放射線治療がストップすると、元も子もありません。それ故、トキは言葉を慎重に選びました。
「そもそも、やるなら早くやった方が放射線治療にも効果的だと思います。ムタさんが受けるべきかどうかはわかりませんが、今の僕なら受けます」
裏を返せば、『自分が45歳なので受けるが、もし83歳なら、わからない』ということです。
すると、ムタさんは、こう言いました・・・「先輩、僕は83歳やけどね、まだ死にとうないとよ」
現在45歳で死に臨んでいるトキは、たった今まで、こう思っていたのです。
『もし、この僕が83歳まで生きられたなら十分』 しかし、それは間違っていました。
きっと、抗がん剤治療を迫られた83歳のトキは『生きたい』と思うのでしょう。
今朝のテレビ番組に出演していた、80歳の加山雄三さんが言っていました。
『死は辿り着くもの』 だと。それはきっと、懸命に生きた者だけが、辿り着けるのでしょう。
そして、ムタさんは抗がん剤治療を受ける方向で話を進め始めました。