046:そう、そう、命があるだけでもね。

中咽頭がん 治療編2 046:命があるだけでも。

 

2017年5月19日(金)(抗がん剤治療1/2回目・放射線治療18/39回目)

 

相変わらず、トキは状況を隠してはいないけど、敢えて言ってもいないというスタイルです。

 

がん治療で入院・・・『痩せているのかな?髪の毛が抜けているのかな?・・・死ぬのかな?』

 

立場が逆なら、お見舞いに行くのを躊躇するかも知れない。

 

トキ自身もそう思っていました。そんな中、バンドと山笠の仲間がそれぞれ、同日に飛び込みに近い形でお見舞いに来てくれました。

 


 

二人とも一言目は「体調どうすか?」

 

二人とも手術痕へのリアクションを控えながら、意外と見た目は普通のトキに、少し驚いているようでした。そして、皆が心配していること、諸々が問題なく進んでいること、治療に専念してほしいとのことを、言葉を選びながら、さり気無く話してくれました。ありがたいことです。気分を良くしたトキは、コンビニで好物のひとつである魚肉ソーセージとチーかまを買って、トライしてみました。しかし、いずれも変―な味が薄っすらとします。しかも、パッサパサです。わかっていたのに、しょんぼりしました。

 


 

2017年5月20日(土)(抗がん剤治療1/2回目・放射線治療18/39回目)

 

我が家に外泊して外食、食べ慣れたリンガーハットのちゃんぽんです。知っている味を食べるとよくわかります。薄い、苦い、辛い・・・猛烈に変な味です、食が進みません、ミニちゃんぽんを食べるのが精一杯でした。それでも、トキは、おいしそうに食べるウタを見ているだけで満足でした。

 

2017年5月22日(月)(抗がん剤治療1/2回目・放射線治療19/39回目)

 

トキが入院している四人部屋の他三方は全員、トキの入院時とは既に別の方になっています。

 

逝ってしまったわけではありません。

 

トキより先に入院されていた方、数日だけ入院しての抗がん剤治療を繰り返している方、検査や手術のために入院される方など様々です。勿論、他の病室にはトキと同じ時期に入院され、トキと同じようなスケジュールで過ごされている方は沢山います。そういった方々とは廊下やリハビリ室で顔を合わせます。その度に挨拶からの延長で短い会話を交わします。普通なら、「昼から雨らしいですよでしょうが、ここでは、

 

「韓国のりでお茶漬けはいけますよ」 などと、いかに飯を食うかの会話に尽きます。

 

さて、この日も、トキの病室に新人です。新人と言っても50歳代後半の男性ですが、それでも、ここでは『若手』です。様子を伺っていた先輩たちに、奥さんが「お世話になります、宜しくお願いします」とハンカチで涙を抑えながら挨拶をしています。トキも会釈をして、そこに参加した途端、先輩が豪快に口を開きました。

 

「場所はどこですか?」

 

まさに、ならでは質問です。ここに入院するということは基本的に『がん』であり、要は部位とステージ、治療法の違いなのです。新人が明るく、そして少し諦めた口調で答えました。

 

「喉頭です。」

 

話では3年前に喉頭がんが見つかり、抗がん剤と放射線で一旦は寛解したものの、今回、再発し、いよいよ、声帯を摘出するとのこと。つまり、声を失うのです。奥さんが新人をチラリと見て泣きながら言いました。

 

「3年かけて、やっと味覚が戻ってきたところだったのに、かわいそうで、かわいそうで・・・」

 

それを聞いたトキは思いました。 『味覚が戻るのに3年もかかるのか!』

 

一方、先輩たちは気兼ねなく、かつ、豪快に言い放ちました。

 

「なーんがね、あんた、命があるだけでもね。」

 

「そう、そう、命があるだけでもね。手術が出来るならよかたい!」

 

トキも、勢いで会話に参加し、手術痕を誇らしげに見せながら言いました。

 

「ほら、僕もガッツリ手術しましたよ。しかも甲状腺と中咽頭のダブルですし!」

 

「この兄ちゃん、まだ、40代やけんね、大変ばい!」

 

若造の、けして笑えない自慢を、笑えるようにと、先輩が、さり気無く援護射撃をしました。新人は数日後、個室に移り、手術へと向かうことになります。トキも大手術でした、大声も高音も失いました。しかし、声そのものは失いませんでした。そう、

 

皆、声を失うことが、他とは一線を画することは、わかっています。しかし、ここは、『少なくとも命はある』という前提でいる場所なのです。トキと先輩たちは、『それだけで』ということを自分自身にも言い聞かせながら、新人と奥さんを励まそうと必死でした。

 

いつの間にか、奥さんから笑みがこぼれました。そして、新人も言いました。

 

「そう、命があるだけでもね。」