060:前日に魔女が訪ねてきました。

咽頭がん 治療編3 060:前日に魔女が訪ねてきました。

 

2017年7月3日(月)治療終了から14日目

 


 

朝、いつもの散歩コースに、ヒマワリが神々しく咲いています。テンションが上がったトキは、まだ、口内炎はありますが、思い切って『ご飯』にしてみました。それにしても色の薄いメニューです。2時間以上かかりましたが、完食することは出来ました。

 

2017年7月5日(水)治療終了から16日目

 

夕飯は、エビピラフです! 

 

トキは、あまりの薄味に笑いが出ましたが、それでも味がすることに感激しました。この状態ならばと、U先生と話した結果、

 

トキは10日(月)に退院することに決定したのです。

 


 

2017年7月9日(日)治療終了から20日目

 

いよいよ、明日、トキは退院します。

 

治療が終っても続けていたリハビリの先生たちに挨拶をしました。相変わらず、左腕は肩より上には上がりません。飲み込む力も元には戻っていません。もう、一生、このままなのかも知れませんが、

 

これ以上、悪くならなかったことと、この状態で生きていく自信を持てたのは、この先生たちのお陰なのです。

 


 

「寂しなあ、また、遊びに来てくださいよ!」と、笑いながら言う、言語聴覚士のヒゲ先生と理学療法士のI先生に、「いやあ、もう二度と来ませんよ!」と、トキは返しました。

 

冗談が言い合えるほどの関係を築くことが出来たのは、トキにとっての大切な財産となりました。最後に、入院中に何度も行ったり来たり歩いた散歩道を惜しむように歩いて、病室へと戻りました。  


 

午後になって、トキの病室を『魔女』が訪ねてきました。

『魔女』とは、見た目がトキと同じ40代くらいの看護助手の女性のことです。ケラケラと甲高く笑い、大声で、しゃべるため看護スタッフの中でも浮いていたし、引いている患者もいたようです。トキは2回目の抗がん剤治療を終えた頃だったでしょうか・・・この看護助手に廊下で話しかけられました。

 

「どこも悪そうにないのに、どこが悪いんですか?」

 

あまりにも不躾なので、トキはビックリしましたが、確かに看護助手なのでトキの状態を詳しくは知らないはずです。そこで、トキは手術をしたこと、治療をしていること、強い副作用に耐えていることなどを丁寧に説明しました。すると、

 

「治ります!」と言って、マスクの上から覗く目だけで、まるで『魔女』のように、ニヤリと笑いました。

 

その数日後、再び、廊下で会った時には突然、「いつ退院するんですか?」と聞かれたので、トキは「まだ暫くは・・・」と返したところ、「私が、おる時に入院しとって良かったねえ、アハハハ!」と、またもや、マスクの上から覗く目だけで魔女のように、ニヤリと笑ったのです。トキは、なんだか面白くなって、それからは廊下で会う度に話すことはありませんが、お互い、ニコリと挨拶を交わすようになっていたのです。 そして、約1か月半後、退院前日に、この『魔女』が突然、トキの病室を訪ねてきたのです。

 

「明日、退院されると聞いて、お手紙を書いてきました。」

 

マスクを外した魔女は鼻筋が、すーっと通った綺麗な人でした。そして、トキに手紙を渡すと「お元気で、またどこかで。」と、小さな声で言って、目だけではなく、顔全体で、ニコリとしながら去っていきました。手紙と言っても何かの空き箱の切り抜きに、ボールペンで走り書きしたものでした。しかし、その字は美しく、しかも、びっしりと書かれていました。手紙は、こう始まります。

 


 

『名前がわからないので〇〇様へ、いつも明るいごあいさつと笑顔をありがとうございました・・・』

 

魔女は自分らしさを表現しようと思うけど、ここでは笑顔が禁物のため、よく怒られているそうです。だから、現在、産婦人科の病院に転職するために助産師を目指して勉強していると書いてありました。そんな魔女も、実は抗がん剤の経験者だったのです。そして、最後は

 

『生きて、生き抜いてください!ありがとう!』と手紙は結んでありました。

 

ふと、トキは大学時代にパチンコ店で、アルバイトをしていた頃に先輩から言われた言葉を思い出しました。

 

「客と仲良くなるなよ、金が絡むと人は変わるからな。」

 

ある意味、ここもそうです。命が絡んでいるから魔女に「笑うな。」と言った人もいるでしょう。でも、笑ってくれた魔女にトキは随分と生かされました。だから、トキはこう思っていました。

 

出来るだけ笑おう。家族のために笑って、大切な人達のために笑って、そして、自分のために笑って、笑って生き抜こう。

 

明日の退院に際して、トモからも、メッセージが来ていました。『病気にはならないにこしたことはないけど、普通の生活してたら出会うこともなかった人との出会いもあり、生活を見直すきっかけにもなり、1日1日を大切に生きる大切さを改めて学び…明日から新たなスタートやね。』