043:親より先に逝ってはならない。

中咽頭がん 治療編2 043:親より先に逝ってはならぬ。

 

2017年5月14日(日)(抗がん剤治療1/2回目・放射線治療13/39回目)

 

2回目の入院期間も約3週間経ちました。

 

トキは、同室の他の患者と話す機会も多くありました。トキがいる四人部屋の他三方は皆、7080歳代の年配者です。トキは、三方に愛称を付けていました。

 

(眉)マユさん。(頭髪が)ツルさん。そして、ハリーさん。

 

 

77歳のハリーさんは、ヘアスタイルが、リーゼントなのです。映画好きのトキにとって、ご年配で、リーゼントと言えば、『ダーティーハリー』なのです。

 

ハリーさんは皮膚がんにより、右目の下辺りを手術されていました。そのため、そこに大きな手術痕があります。 まるで、漫画の『ブラック・ジャック』のようです。 


 

そんな、ハリーさんに、初めて、トキが挨拶をした時、ハリーさんはこう返しました。

 

「兄ちゃん若いね、いくつね?」

 

トキが「45歳です」と答えると、

 

驚きながら、「30代かと思うとった!しょっちゅう、彼女も来てから。」と、屈託なく冷やかしました。

 

トキも、あえて、「彼女ではなく、妻です。」とは言いませんでした。

 

ハリーさんは、いつも、少し舌っ足らずな感じで話しながら、手に持ったハンカチで口を拭いています。手術の後遺症で口元がしびれていて、よだれがダラダラと垂れてしまうのだそうです。他に、どのような状態から、どのような治療をされたのかは、わかりません。ある日、ハリーさんはトキに、こう話しました。

 

1年後には、右目が見えんようになるらしい。でも、命が助かっただけでもね。」

 

そして、また、口元のヨダレをハンカチで拭きました。

 

いつも、ハリーさんは病院の廊下の一番端で社交ダンスの練習をしています。

 

勿論、一人で、いわゆるシャドーですが、その背筋は、しゃんと伸びて、腕の中には、パートナーの姿が見えるようでした。そして、数日前のことでした。いつもはパジャマで踊っているハリーさんが、その日はジーパンに襟付きのシャツ、足元はスニーカーで踊っていました。

 

聞くと、いよいよ、今日、退院するとのことでした。

 

ハリーさんのリーゼントも、その日は一層、きまっていました。窓際に映る、そのシルエットは『ダーティハリー』と言うよりも、『ウエストサイド物語』のトニーや『ジェームズ・ディーン』のようでもありました。

 

『もし、77歳で、がんになっても、こうありたい。』 トキは、ハリーさんの姿を見て、そう思いました。

 

一方、マユさんは足が不自由で、移動時は杖か車椅子を使っています。さらに、声も失っています。

 

看護師とは、身振り手振りや、ホワイトボードに文字を書いて、コミュニケーションをとっているようです。また、

 

「はい」か「いいえ」で答えられる質問の仕方をしている看護師たちも、さすがです。

 

そして、度々、「ありがとうございます!すごい!コレ、(マユさん)が作ったんですか?」

 

と、看護師の驚きの声が、仕切られたカーテンの向こうから聞こえてきます。

 

トキは、ある時、カーテンの隙間からマユさんのベッドルームを、そっと覗きました。すると、テレビ台のところに、

 

何とも見事な折り紙細工が、いくつも飾ってありました。マユさんは、それを作り、看護師たちにプレゼントしていたのです。

 

マユさんも、トキと同じく放射線の治療を受けていました。トキは、マユさんが食事時に、持参した梅干しのビンや塩昆布のお茶漬けの素を手にしているところを見たこともありました。つまり、それは、唾液が出なかったり、味覚が無かったりということでしょう。しかも、声を失っていることから、看護師にも充分に状態や辛さを伝えにくい部分もあるかと思います。その上、足の調子も悪いため、歩くリハビリも一生懸命されています。そして、トキや他の方々のように日々、奥様が来ているわけではなく、トキと同い年くらいの息子さんが、週に1度くらい来られているようですが、

 

それ以外は、殆ど、お一人で、ベッドで、『静か』に過ごしています。

 

トキは勝手に、どんなお気持ちなのだろうかと心配をしていました。

 

しかし、マユさんは、トキの挨拶には、いつも笑顔で応えてくれます。声が無い分、その笑顔と振る舞いの中に圧倒的な潔さと強さを、トキは感じていました。

 

もう一方のツルさんは、毎日、来られている奥様と口数の少ない会話をされるか、片方だけのイヤホンでテレビを見ているかのどちらかで、トキの挨拶にも軽く会釈をされる程度の非常に物静かな方でした。

 

 

三者三様のご年配。『三銃士』とすれば、トキは青年ダルタニャンと言ったところでしょうか。

 

いずれにしても、トキにとっては皆、親と変わらぬ歳でしたが、トキと同じく闘い、乗り越え、それなりの成果を得て、間もなく退院して行かれます。

 

トキは、このような状況に常々、こう思っていました。 


 

『月並みだが、親より先に死ぬという親不孝を、あり得させてはならない。』