024:神様たちに頼んだこと。

中咽頭がん 発覚編 024:神様たちに頼んだこと。

 

2017年4月14日(金) 

 

トキは自宅療養をしながら、やっと通常の食事を時間をかけてですが、食べられるようになってきていました。退院から4日後、今日は、がんセンターで退院後診断です。今日の結果次第で、今後が決まります。会社にも、その報告を待ってもらっている状況です。トキは猛烈に緊張していました。なせなら、今日は、先日の手術で摘出された甲状腺と頸部リンパ節の『病理検査結果』が、わかるからです。甲状腺がんというのは間違いないのでしょう。問題は、その種類です。「乳頭がんでしょう」とは言われてきましたが、混じっている可能性もあります。確率は1%ぐらいですが・・・ 

 

もし、未分化がんだったら90%以上の確率で余命1年と言われています。 

 

今日は、トモが仕事で都合がつかなかったため、トキの父親が車で同行してくれました。12時に血液検査を経て、いよいよ、U先生に呼ばれました。トキは父親と一緒に診察室に入りました。

 

トキは、あまりの緊張で、時間の流れを、スローモーションのように感じていました。

 

まずは、U先生が、トキの手術痕を確認したり、調子を聞いたりしましたが、トキには、U先生の声が遠くに聞こえていました。U先生の前にあるパソコンのモニターには、トキの頸部から摘出した甲状腺と頸部リンパ節の画像が映っています。まるで、細い『すじ肉』のようです。U先生が、その『すじ肉』の画像を指さしながら、いつものようにサバサバと話を始めました。

 

いよいよです・・・

 

「病理の結果ですけど、甲状腺乳頭がんですねえ。ただし、もう1個、別のがんが混じってたみたいなんですよ」。

 

『良かったあ!未分化がんじゃなかったあああああ!』 トキは心の中で思いっきり叫びました。

 

U先生の言葉の後半を、トキは完全にスルーしていましたが、直ぐに追いつきました。

 

「え、もう1個、別のがん?」

 

U先生も、そりゃそうですよね、という感じで、ゆっくりと話を始めました。

 

「リンパ節に転移していたのは甲状腺の乳頭がんと、もう一つ、扁平上皮がんという種類のがんが転移してたんですね・・・」

 

トキとトキの父親も『?』が、いっぱいでした。U先生は、それを察して、ゆっくり話をしてくれました。

 

「扁平上皮がんは甲状腺がんとは全く別のものです。たまたま、たまたま、同時に別のがんができてしまってたってことです。

でも、リンパ節にいきなりできることはありませんので、必ず原発があります」。

 

U先生は、「たまたま」という言葉を強調しました。本当に、たまたまなのでしょう。

 

「頸部リンパ節への転移から、お、そ、ら、く、ですけど・・・扁桃腺のあたりですね、中咽頭っていうところなんですけど、

そこが原発の可能性が高いんですね。もし、そうだった場合は、中咽頭がんってことになるんですけど、ちょっと喉を見せてください」。

 

U先生がトキの喉をのぞき込みました。

 

「うーん・・・左側の壁のところに何となく、何となくですけどね・・・直ぐに検査の段取りをします。手術で喉の組織を一部、採って調べるんですけど。とりあえず、今、これで、ちょっと採らせてくださいね」。そう言って、鉗子のようなもので、扁桃腺の表面の一部を挟んで切り採りました。トキにはハッキリと、プチッっという音が聞こえ、喉の奥にビリっと痛みが走りました。U先生は「えーっと・・・」と独り言を言いながら、検査室の空き具合などを、パソコンでテキパキと確認していますが、焦った感じは全くありません。トキは思いました。

 

『総合病院その2の時と同じだ!先生は全く焦ってない。死にはしないからかな?それとも、単純に慣れているからかな?』

 

この時、トキは、まるで幽体離脱をしているかのように、状況を天井ぐらいの高さから見下ろしているかのような感覚でした。けして、冷静とか、呑気であったわけではありません。甲状腺がんが未分化がんではなかった安堵により、思考が脱力しきっていたのです。

 

一方、トキの父親は少し怒りにも近い興奮状態で聞きました。

 

「これだけ、喉の検査をやってきたのに、なんで今まで見つからなかったんですか?」

 

素人であれば、ごもっともな疑問です。

 

U先生は、病理の検査で見つかった』という旨の説明をしましたが、トキもトキの父親も理解は出来ていませんでした。

そんな中、トキは以前、総合病院その2の先生から

 

「最終的な結果は手術をして、組織を切り開いて顕微鏡で見てみないとわからないんです」

 

と、言われたのを思い出していました。実際に細胞診では組織の一部しか採取出来ませんし、画像では判断がつかない内容なのでしょう。そこで、トキは少しだけ冷静になって考えてみました。

 

『もし、甲状腺がんが見つからなかったら、別のがんも見つけることが出来なかった。

甲状腺がんが見つかったからこそ、別のがんを見つけることが出来た!ラッキーだった!・・・いや、いや、待て、待て』

 

一生懸命、頭の中で事態を整理しているトキに、U先生が言いました。

「18日火曜日にCTを撮りましょう。もし、原発が確定できなくても、治療の段取りは進めていきます。えーっと・・・」。トキは思いました。

 

『僕にも仕事など、スケジュールがあるのですが・・・

まあ、がんが見つかって死ぬかもしれんのに、仕事とか言っている場合じゃないんだろうなあ・・・』

 

各検査室のスケジュールなどを確認している、U先生の説明を待てずに、トキは聞きました。

 

「もし、その扁桃腺に原発があったとして、どんな治療が考えられるんですか?」

 

U先生は自分の喉元を触りながら言いました。

 

「まず、検査して・・・基本的に放射線治療がメインになりますね、

この中咽頭のところに放射線を当てて、お薬とか、手術とか、まあ状態によってですね・・・」

 

「それって、どのくらいの日数というか・・・」

 

U先生がVサインのように指を二本立てました。

 

「2週間ですか?」

 

U先生は、苦笑いをしながら首を軽く振って答えました。

 

2か月です」

 

「え、2か月?2か月も入院するってことですかね?」

 

「まあ、少なくともですね。副作用が絶対にありますので、それ次第で、プラス・・・」

 

全ては18日にということになりました。診察後、会計を終え、トキと父親は、二人して駐車場で、しょんぼりしていました。

 

 

トキのスマホには、トモからLINEのメッセージが届いていました。

 

『病院終わった?お疲れ様。どうだった?』

  

トキは返事の内容が、まとまらないまま、トモに電話をしました。

メッセージと同じく、トモは聞きました。

 

「どうだった?」 


 

「え、あの、乳頭がんやったんやけど、もう一個、別のがんが見つかったって・・・」

 

「は、どういうこと?」

 

トモのリアクションは至極、まともです。トキは、ざっくりと内容を話して、あとは、諸々の検査次第ということを伝えました。会社にも連絡をして、「仕事は大丈夫だから、とりあえず、治療に集中して」という旨の言葉をかけてもらいました。そして、父親がトキに、こう声を掛けました。 

 

「お母さんには、お父さんから伝えとくけん」 

 

「うん・・・」 

 

車に乗り込み、トキは父親に、あることを頼みました。それを聞いた父親は黙って、車を発車させました。向かったのは、トキが今年の正月にお参りに行けなかった、先祖をまつるお寺。そして、子供の頃から家族で、お参りに行っていた旭地蔵尊。思えば、父と二人きりの時間は、いつぶりでしょうか?それが、こんな、シュチュエーションになるという、あり得ないことが、あり得ました。その間、トキと父親は、一切、病気の話はしませんでした。最後に櫛田神社に行きました。トキは、いずれにも、

 

『病気が治りますように』と神頼みに行ったのではありませんでした。

 

 

神様たちに手を合わせ、こう頼みました。 

 

『どうか、トモとウタのことを、よろしくお願いします』

 

 

この時点で、トキは自分が、どのような状況にあるのかを理解し、その運命を受け入れる覚悟が出来つつありました。