016:体という箱の中の意識。

甲状腺がん 手術編 016:体という箱の中で。

 

2017年3月29日(水) 手術当日

 

トキは目が覚めると元の病室にいました。手と頸に色んな管が付いています、そしてパンツは履いていませんでした。いつ誰に脱がされたのか?当然ですが、トキは麻酔後から手術中の記憶は全くありませんでした。トモが声を掛けました。

 

「大丈夫?」

 

トキは思い切って声を出してみました。

 

「ゔん」

 

と、低く小さい声が出ました。時刻は午後9時、手術は8時間ほどかかりました。家族は、トキの無事を確認すると帰りました。その後、入れ替わりで担当の男性看護師二人が挨拶に来ましたが、「何かあったらナースコールで呼んでください」と、すぐに退室し、トキは病室でひとりぼっちになりました。

 

実は、ここからが地獄だったのです。

 

そもそも、頸周りをはじめ上半身は麻痺もあり、鎧で被われているかのように硬直していました。両腕は、ベッドにベルトで固定されており、左腕は麻痺で感覚がありません。両脚には重しが乗せてあり、動かすことが出来ません。意識はしっかりしているのに、体は固定され、自力では動かすことが出来ないような状態でした。酸素マスクで、口は乾くのに、全身には汗。出来るのは、瞬きと、渇いた唇を舐めるだけ。

 

まるで・・・ 体という箱の中に意識が閉じ込められているかのようでした。

 

暫くして、看護師が「大丈夫ですか?」と、様子を見に来てくれました。トキは大丈夫ではありませんでしたが、『こんなもんだろう』と耐えて、うなずきました。熱を計ると38度、看護師は丁寧に汗を拭いてくれました。トキが、か細い声で時刻を聞くと、「10時半です」と答えて看護師は病室を出て行ってしまいました。トキが目覚めてから、たったの1時間半しか経っていないのです。そもそも、手術で8時間以上も寝ていたので、夜ですが眠くはないのです。医師が来るのは明朝8時、それまでは、この状態だというのです。瞬きと、渇いた唇を舐めるだけの世界。時計が無い部屋で、このまま7時間半トキは『とても耐えられない!』そう思って、ナースコールを押してみました。駆けつけた看護師に時刻を聞くと、「10時45分」と答えました。なんと、まだ、たったの15分しか経っていないのです。トキには、1分が10分にも1時間にも感じられました。

 

気が狂いそうだ トキは、そう思って再びナースコールを押しました。

 

そして、聞きました。 「寝返りはうてますか?」

 

「いいですよ、同じ体勢じゃきついですからね」

 

看護師は、にこやかに言って、ベッドへの固定ベルトを緩めてくれました。本来、術後は寝ている間に大きく動かぬように体を固定するのが基本なのです。よって、緩やかでしたが、トキは右手で左手を腹の上に乗せ、少しですが膝も自分で曲げることが出来ました。

 

『助かったぁ と、トキは心の中で、つぶやいていました。そして、トキは冷静になって考えてみました。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の人や、何らかの理由で全身麻痺になってしまった人は、こういう感覚なのだろうかと、その苦しみは想像を絶するものでしょう。トキは僅か1日でも耐えられなかった自分を振り返り、『僕なんか大したしたことない』 と、複雑な気持ちになりました。

 

 ところで、トキが、もがき苦しんだ病室の壁の一角に博多織の柄があしらってありました。トキは山笠の法被の帯を思い出して、

 

『今年も必ず、山笠に出るんだ!』 と、

 

大きく息を吸いながら、窓から差す朝日を、ぼんやりと感じました。